いのちが育まれるとき Q&A
第1章 だれもが不安の中で子どもを育てている
未熟児で生まれたため順調に育つか心配です。 一般の育児書に書いてある発達と合わない気がします。

A1. 未熟児で生まれた子

医学の進歩にともなって、かなり小さく、また早産で生まれても、元気に育つ赤ちゃんが増えています。とはいえ、未熟児をもたれたお母さんが、発育や発達について神経質になってしまうのは、仕方のないことですね。初めてのお子さんであれば、なおさらご心配でしょう。
一般の育児書は、出産予定日に平均的体重で生まれた子どもを標準にして書かれている場合が多く、発育や発達の経過についても、平均的な数値を示しているに過ぎません。したがって、未熟児でないお子さんのお母さんでも、書いてあることと発達が合わない、と思われることがよくあるようです。
運動発達を見る場合、未熟児(早産)で生まれた子どもは、その早く生まれた分だけ差し引いた修正月(年)齢で考えるのが適当だと言われています。例えば予定日より10週早く、在胎30週で生まれた子が6ヵ月目を迎えた場合、約2ヵ月半の分を差し引いて、ちょうど3ヵ月半の発達に達していればよいと考えるのです。「6ヵ月たったのに寝返りができない」と心配されるかもしれませんが、3ヵ月半だと考えれば、首が座っていれば十分なのです。
特にNICU(新生児集中治療室)に入院していた未熟児の場合は、生活環境の変化に敏感になっていて、なかなか発達が進まないことがよくあります。しかし、お座りができ、つかまり立ちができるようになる生後11ヵ月頃から急に発達が伸び、正常発達への追いつき(キャッチアップ)が観察されることも多いようです。身長や体重の伸びにも、同様のキャッチアップがみられます。生後18〜24ヵ月ではまだ追いついていなくても、3歳位になると満期産で生まれた子との差がなくなってくるという報告もあります。
正常と異常との間には、どっちつかずの区域が広くあり、一線を引くことはできないのです。一人一人の子どもが、それぞれその子なりの発達経過を持っているのです。どんな子どもにも個性があり、個人差があるのだということをまず心にとめて、お子さんを見ていってあげてください。

難産(仮死)で生まれたため、後遺症が心配です。 どんな点に注意して育てて行けばよいでしょうか。

A2. 難産で生まれた子

難産で生まれた子どもを育てていると、将来問題が起こらないか、とても心配になるものです。特に、重症の仮死で生まれた場合、受け持ちの先生から、発達に問題が起こる可能性を指摘されているかもしれません。そうでなくても、順調に育ってくれるかが心配ですね。
仮死とは、生まれてすぐに十分な酸素や血液が赤ちゃんの脳に達しなかったときに起こる病気で、重要な症状に、運動、精神発達の遅れなど、脳の発達に関するものがあります。成人の脳梗塞も、脳に十分な酸素や血液がいかずに起こりますが、脳細胞の一つ一つが役割分担を決める時期にある赤ちゃんの脳は、成人に比べてとても 「やわらかく」、一部分に障害が起きたとしても、正常な脳細胞が役割を代行してくれることが知られています。これを脳の可塑性(かそせい)といいます。
この能力を十分に引き出すためには、少しでも早い異常の発見が必要です。脳の発達障害の症状の出始めは、赤ちゃんの大事な仕事であるおっぱいを飲むことと、大きな声で泣くことに現われます。お子さんはおっぱいをよく飲んでくれますか。泣き声は大きいですか。
もし、この2つに気になることがあったなら、病院の育児相談や保健所に相談してみましょう。安心のためにも、定期的に診てもらう場所を最低1ヶ所は持ってください。そして、もし今、何らかの気になる症状があったとしても、正常な発達を促すための環境づくり(家での体操や、病院・施設での訓練など)によって、お子さんが成長してくれることに希望をもって関わってあげましょう。

体の一部に奇形があります。今後の発達にも影響があるでしょうか。

A3. 手や顔に奇形を持つ子

いろいろな人の耳たぶを見ると、みな微妙に形がちがうことに気がつくでしょう。人の体のつくりは、共通に見えてもかなりばらつきがあるものなのです。そのばらつきが、ある基準を超えた状態を「奇形」と名づけています。抵抗のある用語ですね。「形にかたよりがある」というふうに捉えるとよいと思います。
「形にかたよりがある」と、まず美容的なことが問題となります。顔や手足など、被服では隠せない場所の例として、母斑症、小耳症などがあげられます。これらの疾患に対しては、皮膚科や形成外科といった領域がかなり進歩しており、適切な年齢での手術などによって解決できるようになってきています。体質にもよりますが、傷口を目立たなくする方法も編み出されています。美容整形ではないので、ちゃんと健康保険も利用できます。かかりつけのお医者さんに専門医を紹介してもらうとよいでしょう。
つぎに、機能的な問題があります。唇裂・口蓋裂、多指症・合指症などの場合です。これは、美容より先に、機能を発揮できるようにするために、応急的な手術などを行う必要があります。その後に、美容的な側面を含めて再手術を行うことになります。形成外科や整形外科と、やや長期のつき合いになると思いますが、この分野の医学もとても進歩しています。かつては対応の方法が見つからなかった疾患に対しても、さまざまな工夫が行われるようになってきましたので、最新の治療法について専門医の説明をお受けになってみてください。
そして、「形にかたよりがある」子どもを育てるときに心配なのが、発達の問題です。一般に1つ、2つ程度の「形のかたより」の場合には、発達が遅れる確率は高くありません。保健所で行われる乳児検診などをきちんと受けていればよいでしょう。
ただし、3つ以上のかたよりや、心臓奇形などの内臓疾患があるときには、発達について注意深くみていく必要があります。発達が遅れる確率が少し高くなるからです。まず、発達を専門に診てくれる病院などを探すことから始めましょう。地域の保健所に相談してみてください。どの保健所でも、発達に心配のあるお子さんをフォローするために、ベテランの先生が相談の窓口を持っていますし、必要に応じて専門病院などに紹介してくれるでしょう。また、保健婦さんは多くの子どもに接しているので、よき相談相手になってくれることと思います。
美容や機能の面にばかり気をとられて、子どもにとっていちばん大切な発達の面を見過してはいけません。もし、機能面でのハンディが明らかならばなおのこと、そのハンディを乗り越えて育つ方法を探してあげるのが、そばにいる大人の役割です。ご両親といっしょにその子の発達を見守っていてくれる、専門スタッフをつくるところから始めてみてはいかがでしょうか。

内臓に奇形があると言われました。ちゃんと育つか心配です。

A4. 心臓〔内臓〕に先天的な病気がある子

心臓は、肺とともに生存のために最も基礎となる臓器です。胎児初期から出生直後という長期に渡り、単純な筒がだんだん成長して部屋が4つに分かれ、それぞれの出入口に弁と呼ばれる装置をつけた、たいへん複雑な心臓ができあがっていきます。他のどの臓器よりも、はるかに時間をかけて複雑な形と機能を形成するため、さまざまな形成不全(先天性心Q疾患)が現われるのです。
心臓に奇形がある場合、心臓の専門医のフォローを受けていることが多いでしょう。すでに赤ちゃんのときから心不全などの症状が見られる場合は、まず心臓が安定して機能できるようにすることが先決です。疾患によっては、手術が必要となる場合もあります。生存や成長のために、必要最小限度の手術を先に行い、体力がついてから本格的な手術を行うといった例もあります。赤ちゃんの生まれて初めての仕事、おっぱいを元気よく飲むことと力いっぱい泣くことができるようになるために、まず心臓の状態を健康に保つことを主眼に、心臓の専門医が関わってくれるはずです。
心臓の治療が一段落したり、さしあたっての症状が安定しているお子さんの場合、体の成長に加え、発達のことが心配になるでしょう。もちろん、先天性心疾患がある子どもがすべて発達の問題を持つわけではありません。しかし逆に、ご両親が発達の遅れなどを気になさっている場合、「この遅れはきっと心臓のせいだ」と思いこんでしまうと、もしほんとうに遅れがあったときに対処が遅れてしまうことがあります。一つの臓器に形成不全がある場合には、全体の発達をきちんと見ていく必要があります。心臓外来を持っている病院には、発達をみる外来もあるはずですから、主治医に相談してください。また、保健所の「発達相談」を利用なさってもよいでしょう。できるだけ多くの専門家に定期的に見てもらうことが、適切な育て方を見つけるいちばんの方法なのです。
心臓の他に奇形が多いのは、胃、腸、肝臓などの消化管です。この器官の疾患も、体の成長のために長期のフォローが必要になります。主に小児外科が担当となるでしょう。腎臓の形成不全は、腎臓の機能がどの程度かによって透析などの治療が必要になる場合もあります。これらの内臓疾患でも、心臓の場合と同じように、全体の発達を見てくれる外来を一つ持つことをお勧めします。そう頻繁でなくてもよいですから、3ヵ月か半年に一度は、定期的に同じ医師に見てもらってください。
内臓の病気は、外から見ただけではわかりませんが、実際の時間的、経済的負担はたいへんなものです。医療費については、小児の特定疾患や育成医療など、いくつかの公的負担制度がありますので、早めに病院のケースワーカーなどに相談してみてください。また、その疾患が慢性化する場合には、身体障害者福祉法の中の「内部疾患」にあたり、身体障害者手帳が交付され、さまざまなサービスが受けられます。お子さんの兄弟を保育園に預けたいなどといった日常的な問題を解決する際も、手帳を持っていると便利です。主治医に適応になるか聞いてみてはいかがでしょうか。
障害者手帳というと、抵抗を感じられるかもしれませんが、お子さんが受けられるサービスを福祉事務所などで確認され、それが必要とお思いならば、そのための方便として割り切って利用されてはどうでしょうか。

小さい頃からひきつけを繰り返しています。発達が遅れることはないでしょうか。

A5. ひきつけがある子

10人に1人は子どものうちに何らかの理由でひきつけを経験します。かつてはひきつけると脳に傷が残るといわれていましたが、現在ではそれは否定されています。
ひきつけを起こす病気のひとつにてんかんがあります。大脳の神経細胞が異常に興奮することにより、脳が正常な活動を止めてしまい、発作となって現われるのです。
てんかんの多くは、1、2種類の薬で発作が抑えられ、その後の発達には影響を残しません。しかし、なかなか発作が抑えられずに薬の種類が増えていってしまう「難治性てんかん」というものもあり、この場合、残念ながら発達のスピードは落ちてしまいます。発作を頻繁に起こしている間は、ちょうどときどき雑音が入るラジオを聞いているのに似た状態で、発達のための刺激が与えられても、しっかり受けとめて自分のものにすることができないのです。
難治性のてんかんを抱えながら発達を促すことは、容易なことではありませんが、とにかくまず、発作のコントロールを第一に考えることが大事です。そのためには、発作の多い時期にかなり頻繁に病院通いをしなくてはなりません。それまで通っていたリハビリ施設や他の習い事も休まなくてはならないかもしれませんが、十分に刺激を受けとめられる状態をつくってから遅れを取り返すことが、遠回りのようで実は近道なのです。
そして、ある程度大きな発作がコントロールされたら、今度は少し立ち止まってみましょう。その段階で、周囲に対する興味や、刺激に対する反応をよく見てください。以前より活気が出て、成長の芽が確認できるようであれば、その活動性を妨げない範囲で残った発作を取り除くために、さらに薬を増やすかどうか、主治医と相談しながら決めてください。発作にばかり目が向いてしまうと、発作は止まったものの、一日中寝てばかりいることになり、成長のチャンスをも失ってしまうことになりかねないからです。
発作を持っているだけでも心配なところに、発達の問題も抱えるとなると、ご両親の心の負担も大きいとは思いますが、お子さんが、大人にはない成長という武器を使って自分の病気を克服していくのを、どうか助けてあげてください。

1歳を過ぎたのにまだ歩いてくれません。遅れがあるのではないかと心配です。

A6. なかなか歩いてくれない子

歩行開始の遅れは、ご両親が最も心配されることのひとつですね。手助けなしには好きなところへも行けなかった子どもが、思いのままにあちこちへ行けるようになるのですから、まさに歩き始めることは一人立ちの第一歩と感じられるでしょう。それだけに歩行開始の遅れが一人立ちの遅れのように思われて、不安になるのではないでしょうか。

子どもの発達にはさまざまな側面がありますが、次の四つに分けて考えるのがわかりやすいとされます。第一に、イナイイナイバーに反応して笑ったり、別れぎわにバイバイをしたりする対人・社会的発達。第二に、自分の名前に反応したり、喃語を発する言語的発達。第三に、ガラガラを振ったり、小さなゴミを見つけて拾い上げる微細な運動発達。そして、首が座ったり、つかまり立ちができるようになる粗大な(おおまかな)運動発達の四つです。歩行開始はこの粗大な運動発達の一段階です。

子どもの発達はこれらに代表されるようなさまざまな項目の発達の複合体ですが、どの子どももすべての項目が等しく発達していくのではなく、得意なところと苦手なところを持ちながら発達していきます。一つ一つの発達の個人差も含めると、たとえ兄弟であっても、みんな別々の発達の仕方をするものなのです。歩行開始の個人差は、10ヵ月から1歳半までと、かなりの幅を持っています。早く歩き始めた子どもが発達が早いというわけではありません。逆に、1歳半までに歩ければ、おおまかにいって運動発達の面では正常であると言ってよいでしょう。

1歳半を越えてもなお歩行開始がない場合には、専門的な診察と評価を受ける必要があります。保健所の発達相談や、小児の神経の専門外来を持っている病院などを受診して相談なさってください。その時点ではまだはっきりせず、定期的にみていくように言われるかもしれませんが、遅くとも2歳で歩行が得られない場合は精密検査を受けると同時に、やはり訓練や療育といった専門家の指導が受けられる場をもつべきだと思います。

子どもが発達に問題を持った場合、よく起こることは、苦手な面を使わずに成長しようとすることです。歩くのが苦手な子どもの場合は、移動することをあきらめて、自分が動ける狭い範囲の世界で成長してしまうのです。同世代の子どもが公園の砂場でどろんこになって遊んでいるときに、家の中で過ごしていては、残りの3つの項目の発達に影響が出てしまいます。そばにいる大人がまずやってあげたいことは、どんどん外に連れ出して経験の差をつくらないようにすることです。歩けることは、発達の目標ではなく、発達するための手段なのだという認識をもって、お子さんの発達の手助けをしてあげてください。


言葉をなかなかしゃべってくれません。 兄弟や他の子と比べると遅れているような気がします。

A7. 言葉をなかなかしゃべってくれない子

発達についての相談で最も多いのが言葉の遅れに関するもので、その95%は男の子です。かなり個人差があるため、そのことだけを医師などに相談しても、「もう少し様子を見ましょう」と言われることが多いようです。確かに様子を見ているうちに言葉が出てくる例も多いのですが、他に原因がある場合、その種類によっては、きちんとしたアプローチをしないと、言葉が身につかない場合もあります。

大まかにいうと、1歳で「ママ」などの単語が、2歳で「目、鼻」等の指差しや「ママいない」などの二語文が言えるようになります。また、言葉はコミュニケーションの手段ですから、同年代の子どもと対等に渡り合えるかどうかが、言葉の数よりも重要な目安になります。

そうした点で見ても、お子さんの言葉が遅れていると思われるならば、まず近くの保健所に相談されるとよいでしょう。保健所は、子どもの健康・発達全般に取り組んでいて、発達を定期的に見る専門医の外来もありますから、利用してみてはいかがでしょうか。遅れとははっきり断定できない場合でも、発達を促すためのグループを紹介してくれることもあります。発達について専門に取り組んでいる地域の療育相談機関に直接相談を持ちかける方法もあります。中・大規模の病院で小児科がある場合には、窓口でどの医師に相談したらよいか尋ねてみるのもよいでしょう。医師の専門をよく知っている受付の事務員や看護婦が、よい医師を教えてくれることでしょうし、専門医が定期的に外来を行っている場合もあるかもしれません。

言葉の遅れは、気になりだした時が相談の時期です。「もう少し、様子を見ましょう」と言われた場合でも、定期的に見てくれる場所を確保して、お子さんの問題点を一日でも早く発見することが、発達を促すのに最も大切なことだと思います。


名前を呼んでも振り向かないし顔を合わせても視線が合わず、「自閉的」だと言われました。

A8. なかなか視線が合わない子

言葉の遅れが心配されて外来にくる子どもの中に、こうした症状を併せ持った子どもがいます。言葉は、自分以外の人に何かを伝えたいという欲求を満たす手段なので、人の呼びかけに関心を示さなかったり、人と視線を合わせることが苦手な子どもの場合、言葉の遅れや言葉を適切に使用できないという症状が出てくるのです。このような状態を「自閉的」と表現し、自閉的傾向を示す代表的な疾患を「自閉症」と呼びます。映画「レインマン」などを通して、一般にも広く知られるようになった病気です。
しかし、自閉的かどうかはかなり主観的な概念なので、自閉症の診断には慎重さが必要です。最近の診断規準では、16項目にも及ぶ行動形態があげられて、これらのうちいくつかを満たしている場合に診断されます。これは、児童精神科医という子どもの心の専門医によって行われます。
多くのご両親は、知的発達がどうなるかについて心配されます。言葉は人に何かを伝える道具ですから、自閉症の場合、適切な言葉づかいをするうえで障害が生じます。知的発達は、学校教育をはじめ人との関わりの中で育つ側面が大きいので、自閉症の子どもの場合、知的発達は遅れる場合が多いようです。しかし、文字や数字に対する興味や、場面を認識する能力がすぐれている場合もあり、小さな環境の変化を捕える能力の鋭さに驚かされることもしばしばです。
自閉症はこのようにかなり特徴のある性格を持っています。もし、お子さんがこうした性格を持っているなと感じたなら、早めに児童精神科の門をたたいてください。早期診断を得れば、早期から適切な教育が受けられるからです。
自閉症は医学的にはかなり古くから知られている疾患で、従来から多くの教育方法や訓練方法が試みられています。決定的な方法が確立しているとは言えませんが、いくつかのアプーチをお子さんに経験させる価値はあると思います。その際、お子さんがその訓練法に接したときの様子を見極めてください。もし、ご両親の目から見て、お子さんに合っていない、お子さんが適応していないと判断したなら、別の方法を試してみる勇気を持ちましょう。わが子の育て方なのですから、ご両親が納得する方法を見つけることが大切です。

いつも落ち着かず一つのことに集中できません。 学校での生活にうまく入っていけるかどう過心配です。
「ほんとにうちの子は落ちつきがなくて」という感想は、多くの親が抱く共通の感想です。子どもはもともと落ちつきがなくて、いろいろなものに次から次へと興味を移していきます。黒柳徹子さんの著書『窓際のトットちゃん』の主人公に似た「トットちゃん症候群」(杉山)とでも呼ぶにふさわしい、まわりのありとあらゆるものに興味を持つ落ちつきのない子どもは、クラスに一人はいるものです。
そうした性格をすぐに病気と結びつけるのは短絡的ですが、その程度が著しく、本人が危険にさらされたり、まわりの者が振り回されて極端に負担がかかる場合、「注意欠陥障害」、「多動」と呼ばれることがあります。この病気の診断は一般の医師にも難しく、子どもの心の病を専門とする児童精神科医の診察が必要になります。
治療には、薬物療法も行われることがありますが、それは落ちつきのなさがある程度を越えた場合に限ります。基本的には、まわりにいる大人が本人の性格を伸ばせる環境を作ってあげることが大切だとされています。落ちつきがない子は、特に小学校に入ってからの集団生活の場で大人から問題視されることが多く、本人がそのことを気にしてしまうと成長にゆがみを生じてしまいます。幼稚園や学校の担任とよく話し合って、子どもにあった環境づくりをこころがけてください。
もし問題が生じるようなら、早めに児童精神科医の診察を受けましょう。保健所や大学病院などのほか、地域の療育相談機関で尋ねてみてください。

病院に行くといつも検査ばかりされますが、こんなことを続けていて子どもはよくなるのでしょうか

A10. 病院に行くと検査ばかり

ご両親がそのように思われるのは、きっと病院で十分納得のいく説明を受けていないからでしょうね。外来を担当する医師の一人として、申し訳なく思います。最近ではインフォームド・コンセントといって、自分、あるいは子どもが受ける医療について、納得いく十分な説明を受ける権利があるという考えかたが一般的になっています。つまり専門医には、いつでも十分な説明をしなければならない義務があるわけです。

お聞きになりたいことは、ざっくばらんに尋ねてみてください。それが主治医と仲良くなれるチャンスにもなります。毎回でなくても、年に何度かはお父さんも一緒に主治医のもとを訪れ、お父さんが直接質問されたり、医師と話し合われることもお勧めします。
障害をのこす病気は、原因が特定できない場合が多く、診断が確定するまで、たくさんの検査が続くこともあります。お子さんの受ける検査がどのような目的で行われるのかを正しく知っておくためにも、きちんと説明を受けることが大切になってきます。
一度診断がついた場合には、その病気によって注意しなくてはならない合併症や、病気の程度の変化を定期的に確認することが大切です。そのために、年に一、二回の定期検査が必要になります。特に、てんかんの診断がついている場合には、飲んでいる薬による副作用のチェックを、少なくとも半年に一度受けなければなりません。また、年齢によって変化が起こる場合があるので、脳波の検査も最低一年に一度は受けるのが望ましいでしょう。

医学は、お子さんの抱える問題の一部しか解決できないかも知れませんが、お子さんの体に直接関わる大事な分野です。どうぞ十分に納得をして、医師と対等で良好な関係を築いてください。どうしても医師との信頼関係が築けそうにない場合は、ためらわず他の医師を探すことをお勧めします。お子さんが一生医療とつきあう必要があるのなら、そのためにご両親が安心してまかせられる主治医を探す努力は大切だと思います。


うちの子は発達が遅れています。夫婦共働きですが、 どちらかが仕事を休んで子育てに専念すべきでしょうか。

A11. 共働きは無理?

いまお子さんが何を必要としているかによるでしょう。お子さんの状態によっては、むしろ両親から離れて、他のお子さんたちの集団で過ごしたほうがよい場合もあります。また、一方で学校に入学すれば必ず両親と離れて通学することになります。このため、就学までに解決しておいた方がよいことがあることも事実です。

一般に心身の最も盛んな成長期である乳幼児期には母子間の健全な交流が必要とされています。過保護になることを慎まなければなりませんが、両親の情緒的な関わりが大変重要です。

お子さんがいま何を必要としているかは後に述べる専門機関で相談してみるとよいでしょう。専門機関での指導は、通常週に1〜3回程度です。共働きをつづける場合は、保育園の通園などと組み合わせる必要があります。また、おじいちゃんやおばあちゃん、ホームヘルパーや家庭指導員、ボランティア等の助けを必要とするかも知れません。自分たちだけで悩まずにみじかな人たちにも相談してみることも必要でしょう。

仕事をする事の意味は、その人にとって自分自身の存在を実現し、生きている証を感じることだと思います。仕事をつづけている方が精神的に安定して子どもに接することができるならば、お子さんのために働くことも必要かもしれません。


この子に手がかかり他の兄弟の面倒をみてあげることが出来ません。 うまく育ってくれるか心配です

A12. 他の兄弟の面倒が十分に見られない

障害を持つ子どもの療育には、多大な労力や時間が費やされ、経済的な負担も大きくかかります。親は心労、過労が続き、病気になる場合さえあります。

家族の一員である兄弟も大きな影響を受けます。障害児の誕生でショックを受けた両親が、悲しみや怒り、不安を抜け出して、現実を受け入れて希望を持ち、広い視野に立って考えられるようになるまでには、しばらく時間がかかります。両親が悲しみの段階にあると、家族の機能がうまく働かないので、兄弟たちは子どもとしての依存や欲求を十分受けとめてもらえなくなり、ノイローゼになったり、障害をもつ兄弟に心の中で強い憎しみや恨みを抱くようになる場合もあるのです。一般に兄や姉には、障害児の誕生によって両親からの愛情が突然奪われて欲求不満を起こす例が見られますが、弟や妹は、自分の生まれる前からあった状態により容易に適応できるといわれます。

悲しみの過程を経過し、再起の段階に達すると、両親は障害を持つ子どもだけでなく、他の子どもにも必要な世話を十分に与えることができるようになります。兄弟が親の愛情を受け、充足した幼児期を経て、納得できる楽しい学校生活を送り、思春期を迎えると、親の生き方を理解しやがては、自分なりに障害を持つ兄弟に役立つことをしようと考え始めることでしょう。

母親の障害児に対する感情や態度は、子どもたちの成長発達に大きな役割を占めています。障害児はふつうの子どもより、自分から母親に働きかけることが少ないので、母親がその子の反応を敏感に読み取り、よほど忍耐強く工夫して育てないとよい母子関係が育ちません。 両親自身が、障害をもつ子どもに自分たちなりに精一杯のことがしてやれている、という納得と自信を持てるようになることで、子どもは親に質問し、親の答えによって安心していろいろの障害を乗り越えていけるのです。親自身が不安なために子どもの質問を避けたり、時期尚早に障害について理屈で説明したり、兄弟としての責任を説いたりしすぎると、子どもは違和感や恐れを抱き、障害を持つ子どもの存在を負担に感じてしまいます。

日常生活のあらゆる場面で、親は子どもに影響を与え、子どもとともに社会から影響を受けています。かりに障害児と親や兄弟が家族としてまとまっていても、注意しないと家族ごと社会から離れてしまう恐れもあります。

兄弟が治療に参加することは、家族全体に大きな変化をもたらします。兄や姉が、たとえば一週間のキャンプに行き、そこで他の兄や姉に関わることは大きな意味を持ち、その結果兄弟たちが自分自身を変革していくという体験を身につけるでしょう。

障害児から逆に両親や兄弟が教えられるという例は多いのです。親やまわりの人が変わるのです。ある弟が障害児の兄の思い出を書いた本に次のようなことが述べられていました。母親が兄弟にむかって、「目が見えるということはありがたいことなのね」とか「おまえが国にいったら○○ちゃんが走り寄ってきて、抱きしめてくれるよ。そしておまえにいう最初の言葉は『ありがとう』なのよ」といった会話が、子どもの心に忘れられない印象を残したと言うのです。そしてその障害児の存在によって家族が祝福されていたと述べてありました。


親しい友人にもこの子のことは話していません。 誰にも本当のことが言えず暗い性格になってしまいそうです。

A13. いのちが育まれるとき

5歳になるその子が発見されたのは、自宅のベビーベッドの中でした。体重は6キロ、身長も85センチと、外見はまるで赤ちゃんそのものでした。1歳半の時に交通事故で一時入院したのをきっかけに、母も父もその子の成長を期待しなくなり、それ以来成長を止めてしまったのです。「愛情遮断症候群」と呼ばれるこの疾患は、現代の日本でもまれならず報告されています。

体の発達と心の発達は別々のものと思われがちですが、実は互いに必要不可欠なのです。

生まれたばかりの赤ちゃんに、お母さんはいっしょうけんめいに語りかけます。赤ちゃんが笑えばお母さんは喜び、泣けばうろたえます。この一見単純な関係が、赤ちゃんの成長にとっては不可欠なのです。お母さんの喜びを引き出すために、赤ちゃんは同じ表情を繰り返し、ほほ笑むことを覚えます。遠くにいるお母さんを呼ぶためにもっとも有効な合図は、泣き声をあげてお母さんを不安にさせることだということにも気付きます。そんなふうにして、親との関係の中で赤ちゃんは自分の意志を伝える方法を覚えるのです。

ですから、親からの「すくすくと育って欲しい」という希望が伝わらずに放って置かれると、赤ちゃんは何を頼りにどう発達していったらよいのか判断することができずに、脳の成長を止めてしまいます。そして、心の成長が止まるだけでなく、成長ホルモンの分泌も抑えてしまい、体の成長も止まってしまうのです。これが愛情遮断症候群の病態とされています。

 

子どもの発達に、そばにいる大人の成長を喜ぶ気持ちがいかに大切かをこの疾患は教えてくれます。体や心の発達に問題を抱えた子どもには、ことに近くにいる大人達の成長への応援が必要なのですが、こうした場合、残念ながら、お子さんの発達を見つけ、お子さんとともに喜べる余裕がないご両親が多いのです。

医師に病名や障害を告げられた瞬間から、ご両親はご自分の気持ちを落ちつかせるために長い月日を費やさなくてはなりません。病気に対する憎しみや、成長に対する不安がつのるために、いつのまにか喜びを感じる余裕がなくなってしまうのでしょう。また、成長していることを確認する手段として、育児書や同年齢の子どもと比べてしまったりすると、いつまでも遅ればかりに目が向いてしまうのです。そうすると、確実に成長している別の側面に気付くこともできなくなってしまうのです。

 

「カー君」は特殊学級に通う小学校3年生の男の子です。その日、日直のカー君は黒板の前に立っていました。「今日は何月何日かな」という先生の声に答えようと、カー君はチョークを取って黒板に向かいました。横に一本書いて、その左端から下に一本書いて、チョークはその下端で止まりました。5秒、10秒、⋯⋯カー君は5の字を書こうとして、どちらに曲げればよいのか迷っていたのです。教室にいた十数人のクラスメートのうち、どう書けばよいのかわかっている数人はしきりに「右だよ、右」と、大声で応援していました。残りの子たちも思い思いに「あっちだ、こっちだ」と教えようとしていました。30秒、40秒、⋯⋯その教室にいた二人の教師と一人の実習生もずっと祈るような気持ちで見守っていました。50秒⋯⋯カー君はじっと黒板を見つめています。60秒、70秒、⋯⋯教室中が「カー君ガンバレ、カー君ガンバレ」の大合唱に包まれたその瞬間、カー君の手は右へ弧を描いたのでした。そして、教室の中は拍手の渦でいっぱいになりました。

ほんの数分のできごとでした。5の字をどう書くかという、ほんの些細な成長の瞬間でしたが、その場に居合わせた十数名のクラスメートと二人の教師と一人の実習生は、その小さな成長の瞬間を、祈るような気持ちを抱きながら、共有することができたのです。そして、カー君はその祈りのまん中にいました。きのうまで自信のなかった一つのことができてうれしかったのと同時に、たくさんの友だちと先生が自分のことを応援しているということを、体全体で感じることができたのです。

 

お子さんが1ヵ月前、3ヵ月前にできなかったことが、きょうできるようになったら、お母さん、お父さんはそれに気づくことができますか。気づいたとして、それを心から喜べますか。そして、ご自分が喜んでいることを、お子さんに伝えられますか。将来への不安が、小さな成長を見つけるじゃまをしてはいませんか。何かに対する怒りが、喜びをさえぎっていませんか。最後にお子さんを抱きしめて、喜びを伝えたのはいつですか。

お子さんの将来を見据えて、周到に準備を進めることは大切ですし、不安は簡単にぬぐえるものではありません。しかし、将来、お子さんは自分自身で人生を歩んでいかなければなりません。頭が柔らかな子どものうちに、心とからだに「こんな子になって欲しい、こんなことを大切にして生きていって欲しい」という親のメッセージをしっかりと伝えて、お子さんに生きる方向性とエネルギーを与えてあげなければなりません。なぜなら、いのちはそうやって育まれてゆくものだからです。

「のんき、こんき、げんき」という言葉があります。お子さんを育てていくお母さん、お父さんが、この先の長い道程を乗り切るためには、まず体が健康でなくてはなりません。子どもの小さな発達を喜べる余裕が生まれるくらい、心の健康も同時に保たなくてはなりません。根気強さも大切です。そして、その思いを持続させるためには、支えてくれる仲間が必要です。配偶者あるいは他の家族、友人や学校の教師、誰でもよいですから、何でも打ち明けられる人を近くに作ってください。そして、気持ちを長持ちさせるためには、「のんき」でいることも忘れないでください。ときには気持ちを解放して自分だけの時間を作ったり、好きなことに没頭する時間を持つことで、心とからだがリフレッシュされ、余裕が生まれるのです。そうして、お子さんを包み込むあたたかさが生まれた時、お子さんも心底安心してあなたのそばにいられるようになり、心も体ものびのびと成長していけるようになるのです。


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